彼は一家の傀儡として、銀行側に選ばれた人間だった。彼は識っていた、先代の党首が血桜の秘術によって、村長の子供に乗り移ったことを。
子供の出処は識っていた。
子供の名前は自分と同列。否、それ以上。
時貞が喪われた時を放つために使う器である。
名前は特別なものでなくてはいけない。
時貞は時を定める役目を持っていた、つまり戸籍の時間をずらしていたということ。
孝三は次男なのに三番目、つまりは長田幻治を龍賀乙米と姦淫行為をさせる目的があった。
目的は成らなかった、使ったのは目だけだった。
関係性は良好だった、
…こちらが嫉妬してしまうほどに。
長女以外の娘二人は、贄として予めもうけられた娘、だから名前が生まれた時の時間。
乙米は余所者に色目を使ったから、外国のブルーフィルム、つまり懲罰として青いシャドウ、丙江は阿婆擦れよろしくそのものの象徴として化粧を濃く縁どらせ、そのように行動させるようにした。本当に酷いものだった。庚子は色なし、つまりは長田幻治とは仮面夫婦である。しかしながら、時貞はさらにより一層の禁忌を犯していた。
つまりは初潮すぐの娘と「何か」を娶せた。
それはおそらく死者の魂を移した写し身。
死者となった自分を移す移し身は、死者の魂を持っていなければならない。
それは血桜が望んだことだった。
一族繁栄の標、血を吸う千桜の幹は常に紅々としている。
あの銀行員には教えなかった、その効力は数多霊族の犠牲によって賄われていることを。
そして、その罪の重さを党首が、その重さを村が背負っていたということをついぞ、誰にも教えなかったのである。相互監視の世界、相互干渉の世界
つまりは結界によって何かを封じ込めていた世界。
水木青年はその真実を自分で掴み取った。
自分で掴み取ったからこそ、正気を保って、忘れることもしなかったのである。
水木青年は悩んだ。
幼き子の産まれが、あまりにも産まれが幽霊族の数多の犠牲によって成り立った呪いの子のように感じ取れたからである。
でも短い時の間に、水木青年は悟った。
自分は確かにあの幽霊族二人からこうした思いを託された。
その託された思いごと、この酷い世界からこの子を救うには殺すしかないとも考えた。
でもそうは出来なかった。
子供を殺すのが忍びなかったのではない。
子供を殺してしまえば、このことを忘れてしまえば、戦争で生き抜いた自分、死んでしまった仲間たちの思いごと、無念ごと亡くしてしまうと思ったからなのだった。
白痴のふりをした男は、死ななければなかった。
無知蒙昧の罪は、外部にその罪を余すことなく教え、
罪をあらため、Mのために暴利を貪る悪徳企業の存在を世に知らしめるべきであった。
でもそうはしなかった。自分たちの犠牲だけで廻っていけると考えていたからであった。
無知蒙昧の夢である。結局は、Mが齎す利益に目が眩んでいたのである。
水木青年は子供を置いていった。
それは無責任だったからではない。
あの男の子供だから、置いていったとしてもいつか、
自分のもとを訪れて教えを請いに来るだけの才覚を持ち合わせていると識っているからなのだった。