多感作用と誰が為の共感

萊草唳の創作雑記

汝、悪辣を好まんとす-因果の小車によせて

蜘蛛の糸、という妖しきお伽噺があったそうな

最期の時、地獄に墜ちてゆく我が身を憂う時に、お釈迦様の御慈悲によって

選ばれた人間にだけ、与えたもう恩寵とも云われているのだった。

カンダタというのは、愚か者でせっかく選ばれた身だというのに当初の目的よりも、自分だけが助かりたいという欲を優先してしまったので、たった一本の糸にしか見えない悟りの糸を切ってしまって元の通りに地獄で過ごすことになってしまったのだと言われているのだった。

汝、悪辣を好まんとす。

生まれた時からそうだった。

目の前に居る何かが、私の行いに対して何かを叫んでいる、ただそれだけのことなのだ。何故なら私は選ばれた存在なので、何かが何を云ったとしても関係ないことなのであって、台風のようなものだ、私はその中心に居る。

ああ、台風が過ぎた、物乞いになろう、寝たふりも病気のふりも身に沁みついて、誰もそれが本当であると思うのだから。

ああ大衆へ憐れみを乞おう。近づいてくる奴らを一飲みにしてしまうよな哀しみで、振り上げた拳を思わず降ろしてしまうような騒々しさで。

ああこの世は地獄なのだから、きっとあの世の地獄は安泰だ。

同じ地獄なら、現世を地獄にしてしまえばいいのだ。

きっと、私はずっと一人なのだから、近づいてくる人をひとのみにしさえすれば安寧だ。

ああどうして人の叫びは、現世を嘆き、来世への更生を誓うのだろうか?

悪に染まりきれば、天国に行けるのだと、

因果の律だ、混沌に身を置かれればそれに慣れてしまえば我が身はまるで凪の如く。

時々、聞こえてくるさざ波に耳を傾けずとも

然るべき時に然るべき判断をすれば順風満帆だ。

滑り落ちる、航海士の行方はいざ知らずとして、

何故なら、説法は好まない、コンパスも、海図もない、声に従うのみだからだ。

 

ああ物差しが啼いている。撓るように呻る竹の物差しだ。

物差しは秤を間違えない。そういうものなのだと、痴れ者は思い知ることとなるだろう。

糸は手繰るものだ、よるものだ、きれないように、ゆっくりと調子をあわせてよるものだ。決して縋りつくようなものではない。

そういった特性すら気づかないから、糸が、ああ意図がきれたのだ。

ぐるぐる回るあの小車に、あの因果の小車に絡めとられてしまえば終わりだと思ったのが間違いだったのだ。

身を委ねられないものは、糸が、ああ意図が手に絡んで離れない、調べ物をしていても、ああ、慣れない。そしてあのような静謐さを得ることも、ああ為れない。

全員ではなく、独りだけ助かろうとした者たちの、嘆きの声は因果の小車には聞こえない、かたかた鳴る因果の小車には聞こえないのだった。

そうして元の通りに、小車は小車の役割を果たすのだった。

 

 

 

連作群

白と灰色

しろくつめたい壁の向こう側、カーテンを隔てて
透明な人たちが横たわっている。

静寂、ややあってパルス、また静寂。そのくりかえし

ーーー脆弱な、けれども静謐な不安の中で時を、ただ時を刻みつける。
瞼を腫らした人たちが群れている。
壁に佇む絵画の光は、人々の心を照らすこともなく
ただ、壁の染みのような、ひと拭いで消え去ってしまうかのよな
ちらちらとした灯りであった。
人は人を呪うのだ、時に人は静謐を求めるのだ。
しかし、ただ不安のままに囁く人の声は
願いを繰り返すばかりで、手をこまねく灰色の亜の群像に掻き消えゆくのだった。

微弱、ややあってパルス、バイタルサインの徴

人びとは、安堵の溜め息を漏らし、散り散りになってもとの群像へと姿を変える。

時折耳を劈くかのような咆哮があってひとたびの静寂を乱すのだが
その繰り返しのただ中に、亜の人びとはいて、
時に祈り、時に天を仰ぐなどしている。けれども、何事もなかったかのように亜の人びとは散り散りになって、
ただの宴だったのかと酷く落胆するばかりだった。
穿たんばかりの、かの思いはアスファルトの染みとなり、ただいっさいを吸い込んでゆく。
水浸しになった紙切れが、嘆いているよ、グレーの涙をはらはらと流しているよ。

習作 8月によせて

赤錆の 姿留めし 人の影
  あの日の記憶 千々と消え逝く

日喰む雲 見上げ零るる 黒い雨
           枯れ木となりし 腑に染みいる

肺腑を屠る 洋芥子(マスタード)瓦斯
                   黒壁の名残り 消えぬ足跡 

壁穿ち 姿留めし  ドーム館(だて)
  黙(しじま)にあわぬ ファズヴォイス 

鳩舞う空を 仰ぎ見ゆ
  夾竹桃  知られずとも 花はまた咲く

既に七十過ぎ去りて
行き交ふ人の  
黒の黒さを、白の白きを

黄金いろの並木

風吹き荒ぶ煉瓦道を僕は独り歩く。
身体の芯まで凍えるような風だった。行き交う人は皆俯き加減で
師走間近の喧騒を引き摺った、重たい空気がそこには在った。
己の吐き出した呼気が澱んだ空気をさらに、澱んだものへと変えてゆく。荒れ狂う風は、その濁った空気を決して何処かへと連れ去ってはくれず、ただ人びとを縮こませるだけの、つめたい風であった。

僕はというと、空っぽの瓶を手に持っていた。
甘やかな香りを放つそれに、僕は抗うことが出来ないでいた。
空っぽになってしまったことは分かるのだが、いつから空っぽなのか、それは何時迄も僕に付き纏う永遠の謎であった。僕は、ただ歩き続けることしか出来ないでいた。
じくじくと足が傷むのも構わず、彷徨い続けていたのだった。
ふと見上げると黄金いろの樹々が、はらはらとその一ひら、一ひらを落としていた。
そのふかふかとした、けれども少しくすんだ小高い丘のようなところに、点々と小さく丸い何かが見える
僕はあえて近づいて、きっ、と鼻につくそれを眼に捉える。
しわがれた、饐えた臭いのするその実を足で潰す。ただ足の平で潰す。
堕落の証だ、腐敗の徴だ、
潰していくうちに、翡翠いろの何かが見える、でも僕はそれを綺麗だとは、とてもじゃないが、思えない。
ただ哀しくなるのだ、
やがて眩暈するかのような心地がして、
己の腹からようやっと出したものは、
酷く饐えた臭いがした。
僕の哀しみと引き換えに、生み出されたのは、
ただただ醜い、それだった。

怪・智恵子抄

なさけない空のはなし
 

智恵子は東京には象徴が無いといふ。

ほんとの東京がみたいといふ。

私は驚いて行きかふ人たちを見る。
人いきれの中に在るのは
吹けば飛んでしまうよな繋がりの中で
つめたくて、けれども綺麗な格好をした人たちだ
人生は一行のボオドレエルに若かないと
誰かが云ったけれど
ガードレールの下には絶望がぽっかりと口を開けて待っている
きらきら、てかてかとした明かりに目が眩んだ人の、心を慰めるのが軒下の暗がりだ、
ボオドレルは暗がりの暖かさを教えてはくれない
寒々とした人だかりの中から外れたとこにある、その暖かさを
智恵子は遠くを見ながらいふ。
変わりゆく町並みの
そびえたつガラス張りの、
ああ中に人がいたんだっけ
それがほんとの東京だといふ。
空を覆い尽くすよな、でもそれが空だといふのである。
 
林檎哀歌
 
こんなにもあなたは林檎を待っていた
煌びやかなショーケースにきちんとおさまって
わたしの手からとった一つの林檎に
あなたの綺麗な歯が触れるのを、ただ見ていた
五色の香気が立つ
その数滴の人の気まぐれのようなもので
ぱっとあなたの意識は’それ’へと向かった
あなたの青く、そして澱んだ眼が笑みを捉える
わたしの手を握るあなたの力は、ただ一度の力強さでしかなくて
今、あなたの咽喉に嵐があって
こういふ世の瀬戸際に
智恵子はまるで別物のようになって
生涯とも云える熱意を一瞬に傾けた
それからひと時
日本でした、というような知らせを聞いて
周りの雰囲気ががらりと変わった
写真の前に積み重なる問題はさておいて
すずしく光る林檎を今日も眺めよう

OK、暴虐人はそれを喉から手が出るほど欲しているよ

指先一つで人が動く様を、この上ない悦びとするのか

人を突き動かすのは、「それ」を創り出すことへのこの上ない歓びだと云うのに

ただ人を、その背後に隠したこの上ない恐怖をちらつかしさえすれば

また巨万の富を得ることが出来ると嘯けば

人をどうとでも動かせると勘違いしている。

ああ、それがこの上なく卑しいことなのだと、気付かずに

かの人は指先一つでどうにか出来る何かを探し求め続ける。

そうしてその果てに遺されたものは、慰めを許さず

やがて来る孤独の日々に、かの人を閉じ込めるのである。

デイジーはきっと、答えない

ぼくのショートケーキにのったイチゴをそっとかのじょのお皿にのせてあげるようなそんなささやかな幸せを願っていたのに、
ある日かのじょはこう言い放つと、ぼくの前からいなくなってしまった
「あなたは、わたしのこと決して見てはくれなかった。…そんなあなたと一緒にいるのが疲れたの、」
ああでも、確かにこの思いは本物だったんだ
もしかすると気が狂いそうなほどに君に夢中だったのに
「デイジー、 デイジーどうか答えておくれ」
話し相手のいないぼくはSiriに話しかけてみる。
”デイジーに関する情報がWebで見つかりました”
ちがう、そうじゃないんだ
君までもぼくを拒むのか?

ぼくはそっとiPhoneの電源を落とす、もう君の声を聞くこともないだろう

誰か答えて欲しいんだ
僕には何が足りなくて、何をすべきなのかを

ーああ、気づいてしまったの、
かれは私を愛おしそうに見つめるのだけれども、見つめる先に私は居ないってことに

もちろんかれは穏やかそのもので、申し分ないのだけれども

でも私の寂しさには気づいてくれなくて、一人だけ楽しそうにして、置いてけぼり

だから私は探すの、蝶のようにひらひらと舞って「わたし」をみてくれるたった一つだけの花の方へ

デイジーはきっと、応えてはくれない

ジンケンヒ、サクゲン

ある人がいた、

「サービス業務において最もコストを削減可能であるのは人件費だ、徹底的に削減しよう!」
かくしてある人物の立ち上げた会社は徹底的な時間管理の下で人を働かせるものとなった
「お客様は神様であり、また雇い主も神様である」というスローガンの下
キツイ仕事を安い給料でたくさん働くことは義務であり、それ以上でも以下でもない
疑問を感じ声を上げようものならば
「君は社会の事をどうもしらないらしい」
と人の性を知らない人が己を満足させる為だけに叱責し、そして罰と称して衆目の前に晒しあげ「課題」を課すのである
課題は単純で冗長であればある程良い。
そうやって同じ事をなんども繰り返させて刷り込むのだ
「ああ、これだけのことを何度もやらされるくらいなら、従った方がましだと」
そうして判断力の鈍った指示待ち人形の出来上がり、というわけである
外にいる人々は彼の手腕を称賛する。従順でどんな過酷な要求にも張り付いた笑顔で対応する従業員を見て
「素晴らしい、どうやってこのように人を統率することが出来るのか、まるで魔法の様じゃないか」
と口々に賞賛の言葉を並べたてる。人が人を統べるとという欲望に取りつかれた人々は彼になろうと欲する。
 そして彼の信奉者になる、甘い汁を吸おうと、蟲の様に群がる。果ては蟲毒のように強いものだけが生き残る、一番強くて、一番野蛮なやつが、
 
ある日彼は全てを喪った。なにもかもを人から奪った彼はまるで奪ったものの大きさに耐えきれなくて、ぺしゃり、と潰れたかのようだった。
それでも彼は信じ続けた。
 
喪ったものを取り戻すために
 
今までの自分がやってきたことは正しかったのだと信じたいがために
 
ああそれでも社会は手厳しく、富を失い、名声を喪った彼を守る人などどこにもいなかった。
 
彼はあらゆる人の娯楽に消費されるだけの存在となった
 
ある人は動画を投稿し
ある人は彼の写真を加工した画像を作り
ある人は彼のお決まりの台詞をいう「ロボット」を作ってみせた
 
思い思いに人は嘲笑し、罵詈雑言を浴びせ、
こいつはこんなに悪い奴なのだから、こんな奴が落ちぶれるのも当然の罰だと口々に言うのだった。
 
一通り消費つくされた後、飽きてしまった人々は彼の事をすっかり忘れてしまっていた。
うっすらと埃を被ったロボットが落書きまみれで廃屋に横たわっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ジンケンヒ、サクゲン
ジンケンヒ、、、、サクゲン
ジンケンヒ、、、、、、、サクゲン
ジンケン、ヒ、、、サクゲン
ジンケン、ヒ、
ジンケ、、、
ジ、、、、、
 
 
…………………ッーーーーーーーーー。