多感作用と誰が為の共感

萊草唳の創作雑記

ほしのにんぎょひめ Das Mädchen

少女は、洞窟の傍に立っていて

煌々と燃える松明が彼女の横顔をにわかに照らしているのだった。簡素な身形をしているものの、目鼻立ちが整っていてきれいだと、俺は思ったのだった。

手には乾燥した草らしきものを持っている、そこに目をやると彼女は自身の手を開いてこちらに差し出しながら

「これ、なんだと思う?」

「…え?あ、いや」

ヨモギよ、厄除けになるかもしれないって。松明にくべたら火が弱まるからやるなと言われたこともあったけど

でもこの街の酷さ、見たでしょう?少しでも良くならないかなって思ったから

これからも続けるつもり

…妙案だと思わない?」

「…失礼だが、君、友達いるかい?」

「いないわ、周りは皆違う街に行ってしまったから。少なくともその為に努力しているような人はとっくの昔にね」

「…なるほど」

「友人というか知り合いというか…居るには居るけど

この街に居座り続けてアクセサリー感覚でとっかえひっかえするような人達はもう関わってこようともしないし、気楽なものよ

「なんとも強烈なご意見で、だから君は一人でいるんだね。賢明ではあるのかな」

「…酒飲みに碌なやつはいないっていうのがこの街の常識みたいなもんだけど、あなたはどうやら違うみたいね」

「その断定はどこから?」

「…少なくとも街の様子に嫌気が差してここに来たのだとしたら、歓迎に値しない理由なんてないわ、でしょう?」

「お褒めに預かり光栄です」

「…さっきから変な口調ね」

「王の草」

「…へ?皮膚に効くやつなんて今持ってないけど」

「面白いな、そんなの始めて聞いたよ。

 ハーブと言った方が通じるのかな」

「…なにそれ、知らない」

「worm wood、君が手にしているのとは少し違うみたいだけど、…俺の好きな酒の原料だ。」

「…やっぱり酒好きには碌なのがいないわね、カッコつけ過ぎてて嫌になるわ

お酒は確かに役に立つわ、…主に消毒用として」

「酒飲みに碌な人がいないからという理由で酒を飲まないなんて

損をしていると思わないのか?」

「ないわ、全然。眺めているだけでうんざり

それよりも草を摘んで色々効用について調べたり、眺めてたりする方が楽しいの

…ここに残っているのはそれが大きな理由ね」

「俺もこの入江を眺めたら早々に発つつもりだったけど、気が変わったよ

しばらく滞在するつもりだ」

「ここは空き家がたくさんあるから、泊まる分には申し分ないと思うわ。紹介してあげる。」

「ありがとう、また話聞かせてくれるかな」

「…もちろん。」

 

 

 

 

 

 

 

ほしのにんぎょひめ Das Mädchen spricht

 街を転々とし始めてしばらく経ってから分かったのは一つ

その街の図書館、本屋に行けばだいたいの事が分かるという事だ

いつものようにこの寂れた街にはひどく不似合いにも見える図書館に足を運ぶ

人は居らず、司書は退屈そうに肘をついてどこか不満顔で椅子に座っている。

机には読んだあとの雑誌があちこちに見えるのに、じっと腕を組んで時計を睨んでいるのだ。

煌びやかな外装とは裏腹にひどいとしか言いようのない有様であった。

溜息をついて図書館を後にする、ここに長居しても期待できるような物には出会ないだろう

酒場の佇まいはというと、なんだか昼から人がいるらしく

しわがれた怒号も聞こえてくる酷い有様であったのだった

ただ入江だけは美しく、また近くの洞窟には昼でも松明が灯され幻想的な雰囲気を醸し出していたのであった。

酒も無く、本も無い

ただ風景だけが美しいのであった

ごつごつした岩に腰掛けて洞窟の方を眺めていると少女がひとり、

 

「あら、あなた おしえて、これはいつからあった話なのか

 それとも話しているうちにだれかが作り変えてしまったのか

 どこでその話を聞いたの?

 あなたも

 この話に夢中になったうちの一人でしょう?

 教えてよ、その内容を

 教えてよ、誰が喋っているのか

 どうして酒場に昼間から?

 そうか、あなたもしかしてこの町にきたばかりなのね?」

 

「…言いたい事は分かった、だが、俺にも喋らせてはくれないのか

 まず、その君が知りたがっている話というのを俺は知らない」

 

 

 

ほしのにんぎょひめ 閑話 稚拙なシナリオライター

寂れた街を再興する為に秘密裏に行われてきたあることに触れる事が出来たのは幸いだったのか、それとも不幸だったのか

どちらにしてもこのどこまでも沈んだ意識が某かの期待も希望も受け付ける事はないのだろう

なんとも酷い気分だ

一度触れてしまった秘密から逃れる術は二択しかないのだ

染まるか、死ぬか

その二択なのである

そしてそれ以外の選択肢を得ることが出来たのが

知ることが出来たのが、選ぶ事が出来たのが

ぼくに課せられた多大な犠牲に並ぶべくもない光栄である

…そう信じて

 

 

「キミは体格が良いし、この仕事にうってつけだ。どうだ、ひとつやってみないか」

なんとも魅惑的な響きから快く引き受けたその仕事は一言で言って退屈そのものだった

そして何回か仕事を請け負ううちに知ってしまった事実が更に気分をどん底に突き落とすのだった

アイツは人魚姫の役目を仰せつかっている

口では興味ないだの、くだらないだの言っているあいつが

一方で重要な役割を果たしているのだ

俺だけに与えられた特別な役割だと思っていたのに

俺はまるで馬鹿の一つ覚えみたいに人魚姫をみたと言ってるのを奴は尻目に素知らぬふりをして

酷い屈辱だ

今日もいつものあの酒場に身を置く

くだらない話をしに、くだらない奴がやってくる

酒なんて酔えればいいのだ、味なんて

いつの日か俺の飲みっぷりに怯んだのか、俺を見るなり老いぼれが二人顔を見合せて何やらひそひそ話をしていたが

酒すらまともに飲めないのか

流石、この街にはくだらない奴しかいないといったところである

 

ああ…飲み方も気にいらない、全てが

なんでも知ったかのような素振りで

俺だってお前ぐらいの能力はあるわけで

比べるべくもない

俺は何でも出来るし、知ってるのだから

この鬱屈した気分にいくら酒をつぎ込んだとて晴れることはないんだ

憂鬱な気分で朝を迎える度に

何かを諦めれてしまえば、それこそが強さだと

全てを踏みつぶせば、それでお仕舞いだし、始まりなのだ

 

隣に座って人魚姫を信じ切ってるあの馬鹿は酒にすら尻ごみをしてる臆病もので

あいつもし人魚姫が男で、しかもいつも一緒に居るやつだって知ったらどんな顔をするんだろうな

想像するだけで嗤いが込み上げてくる

俺は誰にも心を許した事なんてないんだ

本心を知っている奴なんてこの世界にどこにもいない

馬鹿には分かるわけがないのだ

現に目の前にいるこいつはこの俺を崇拝しているようだし、どこまでも人魚姫の話を信じている

こんな簡単な事はない

 

今日は久しぶりに客がやってきた

ああ、なんとも体格のひょろいやつがやってきた

少し脅せばすぐ怯むような、弱いやつ

なんの退屈しのぎにもならないような味気ない相手が来たもんだ

 

 

…賽は投げられた

薙げども薙げども災がおのれの身を沈めるまで

 

 

 

 

 

ほしのにんぎょひめ 14項

「あの日、見知らぬ男が酒場に来たんだ、久しぶりに

そしてあいつが掴みかかっていつもの品定めをしたあと

滞りなくあの洞窟付近の海岸にに男は誘導される筈だった

俺は鄙びた街に人を呼ぶ為の客寄せ要員として

人魚姫の格好をしてたんだ

だが、席を代わる時に異変を感じて、周りに助けを求めようとしたときに

お前は全く事情を知らなかった事に気がついて、

それで躊躇したんだ

お前は元々あんなやつと一緒にいるようなタイプじゃない、

他でもない人魚姫の伝承を信じていたが為に一緒にいたようなもんで…

この話はまあいい

とにかくだ

あいつを死なせる原因を作ったのは、俺なんだ

俺は詳しくは知らない、けどあの日あいつは死んだんだ

それだけは確かだ

店を営んでたという理由だけで全ての罪を問われる事になったのは他でもないあの店主だ

だからこそ俺はあの人が残したこの店で同じ事をやっている

俺があの時知り得なかった事を知る為に

あいつが死んだあとしばらく騒ぎになって

俺は人魚姫については何でも知ってるとホラを吹く馴染みの客だとか、人魚姫をついさっき見たと嘯く客は来なくなったよ

あんなに人魚姫の事ばかり話していたのに

慣習に溺れた奴らは胡座をかいてそこに居座り続ける事に躊躇がない、それで良いと思っているからだ

免罪符なんだよ、そこに居直る事が、当人にとっての

本人にとっての筋書きどおりは、外から来た人に対して強い忌避感情を呼び起こすものだと

いい加減気づけば良かったのに

そして、その功罪がもっと最悪な事態を引き起こすって事に

傲慢とは、この事だ

相手が見えてない、同じ事を同じようにするだけで当人にとってこれ以上楽な事はない

だから溺れるんだ、酒にも

味なんてわかっちゃいない

どれだけ物を変えようと、気づきはしない

振りかざす為の威を求めるんだ、ただひたすら

俺は、伝承の存在を知っている、そしてそれが間違った形で利用されていた事も

だからこそここにいて

一番知りたかった真実を探し続けているんだ」

ふと

いつだったか店主の言った言葉を思い出していた

「…君は、旅に出ると良い

そして自分にとって何がほんとうのさいわいなのか、見極める必要があるし、君にはその資格があるということだ

これから起こる責は私が全て被ることになるだろう、

何故なら場所を提供してしまったのは私だし、

食い止める事もできたはずなのに、

もちろん気づかない訳がなかったのに

ここで最高の仕事が出来れば良いと、ただそれだけを救いにして見ないふりをしていただけだ」

ぼくは確かにあの時人魚姫の伝承を信じていたし、そして人魚姫の存在も信じていた

テーブルに招かれたあの人は一言も喋らなかったし、

招きいれた張本人がしばらくすると席を外し何処かへ行ってしまったこと以外に特に不自然さを感じるような場面は無かったかのように思う

そして、あの日いつも隣で話をしていたあいつが死んでしまったのは事実で、

「店主はどこまで知っていたんだろうね…」

「俺にもあの人の考えてる事はわからない、ただこのままだとどうなる事になるかぐらいはわかっていたのかもしれないな

あの人の事だから」

「君がそんなに人を褒めてるのは見た事がないな」

「あの人の存在は特別だろ

お前にとっても、勿論俺にとっても」

「そうだね、自分の生まれた街を見下さなくて済んだのはあの人のお蔭だったかもしれない」

そしてぼくが信じていた人魚姫の伝承とは一体何だったのだろうか

まだ、思い出さなければならない事があるようだ

ほしのにんぎょひめ 13項

「実際いるにはいるんだよ、お前みたいに、純粋に人魚姫の存在を信じて

長年それを追い求めているような人たちは

…ただそういう人たちはかなり高齢で

自分から情報を提供したり、交換しに何処か集まって会話するという事がないんだ

だからこそそれを利用するような奴等が出て来てしまったというわけなのだけれども」

「という事は、酒場に集まっていた人たちは…?」

「全員あいつらの差し金か、

単に注目されたくて嘘の話をしにやってくるような奴ばかりだよ、残念ながら」

「ごめん、ぼくはそこで話されていた人魚姫の伝承じたい思い出せないでいるんだ」

「どこか様子がおかしいと思ったら、そんな事まで忘れてしまってたのか

…なるほど

ついこの前お前がやって来た時、俺もお前が誰だか思い出せないままで

…お前があそこの席に嬉しそうな顔をして座るもんだから

それでようやくお前だって分かったよ」

「…ぼくは君が他の誰かの為に席を明け渡したとこを思い出していたらしい」

「なるほど、あの日の事か。」

「…え?」

「お前にアブサンを飲ませてそしてそのまま音信不通になった、あの日」

ほしのにんぎょひめ 12項

ぼくは再び酒場の扉を開く、結果はどうであっても確かめなければいけない事があるから

「そろそろ来る頃だと思っていたよ…

店は変わってしまったけど、品揃えだけはあの時のままを目指そうとしたが、そうもいかなかったらしい

…やはりあの人には敵わないな。」

悲しげな顔して語るその人は、過ぎた年月の割には少し窶れた風貌であった

ただ、目つきだけはあの日のままで、それが僕に僅かばかりの安心感を揺り戻したのであった。

「教えて欲しいんだ、あの日あった事を、ぼくはただショックで全てを置き去りにしてしまったから。

…覚えてるのはアブサンのあの味くらいだ

あの時ぼくは何を飲まされたのか知るのにも結構な時間がかかったよ

…酒には全く興味が無かったから」

「…本当は忘れたままでいておいて欲しかったんだが、どうやらそうもいかなかったようだな

これは俺の責任であって、お前は部外者だから

…羨ましかったよ、人魚姫の姿を見たって

伝承ごと、人魚姫の存在ごと純粋に信じてるって顔しながら話に夢中になってたお前の事が」

「え…?」

「あいつは確かに人魚姫を見たとは言っていたが、お前を利用するのに話を合わせていただけであって

お前が居ない時にはいつも馬鹿にしていたよ」

思いもよらない返答に身を硬くする

ぼくが忘れてしまっていたものは

一体なんだったのだろう?

「どうやらそこら辺は覚えて居なかったらしいな…

まあ良い、人魚姫の伝承はもう街では無かった事にされ始めてるし、

そろそろ話すべき時が来たのかもしれないな…」

ほしのにんぎょひめ 11項

伝承に対する信憑性を維持するという名の下暗黙の了解として進められてきたとある風習を

ぼくはその日まで知らなかった

かつてのぼくは寂れた街に、そして何よりここに住むおとなたちに侮蔑的な感情を持っていて

酒は身体に悪いから、脳の発育を遅らせるからという文句で幾らでも言葉の刃を突き付けてくる「正しく、善良な」おとなに飽き飽きしていたぼくらは

街で唯一の酒場に足しげく通っては

店主の暗黙の了解の下 日ごと酒宴を行っていたものだった

ぼくは単純に自分が飲酒により酔った状態がどのようなものになるか想像もつかず

そんな醜態を晒した後でまた再び宴に耽るだけの強さを持たなかったので酒を嗜むことに断固拒否していたが

ぼくを大人として扱ってくれる

あの店主だけはぼくを導いてくれる唯一の「大人」として崇拝していたのであった。

 

さて、今あの酒場にいる店主は誰だったのだろう

かつての懐かしい記憶と混同してしまったぼくの失態はさておき

あの店主の顔は暗がりでよく分からなかったが

もしかすると、いや