ほしのにんぎょひめ 三重点

とある痕跡を探す為ぼくは祠のある崖の上に来ていた
岩に激しく波がぶつかって飛沫を上げながら寄せては返しを繰り返してる
微かな塩の匂いとそして松明が焼けた燻した匂いが綯い交ぜになって
吹き荒ぶ風をより一層物悲しいものとしていたのだった
この土地は日が落ちると暗くなるまでの時間は短いのだ、とにかく急がなくてはならない
あの時のぼくは何も知らなかった
いや、何も知らない事が重要だったのだということを今は知っている
そしてその掟には綻びが生じてしまっていそこから
ぼくが知ることとなってしまったのだけど
それは幾許かの年月を経て再び舞い戻ったあの酒場から始まった
僕はあの時の事を俯瞰的に思い出して居たのだった
あの時店を訪れた旅人の顔を僕は思い出せないでいるけれども
やりとりだけははっきりと記憶しているのだった
でもアブサンの味は
店を再び訪れた時には店主も、店の様相も全て変わってしまっていて
アブサンが示す唯一の手がかりは永遠に失われてしまったのだと
僕は気づいてしまった
そして「彼」とのやりとりが
真っ新だった僕の心を捉えて止まない衝動となって僕を突き動かしているのだった
と、突然何か強い力で後ろに引っ張られたのだった
しまった、と思った時にはもう遅かった
そして聞き覚えのある声が

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とんでもないミスを冒してしまった
あの酒場に居た人間はあいつらを除いてぐるだったのだ
時折二人組でやってくる、あの冴えない二人組
アブサンが何だって言うんだ
俺はただあの酒場に来た奴らを選別するだけでそれ以上は何も知らされず
はっきり言って蚊帳の外だった
お前にしか出来ない仕事があると言ったじゃないか
そして金儲けが出来るとも
全部嘘だったのか
なら仕方ない
残された手段はただ一つだけ
奪うのみである
何もかも与えられないのなら、そうするしかない
うまい話をしておいてこの仕打ちはないじゃないかと思って
あの日人が集まっていたところに忍び込んだのだが
うっかり松明に足を引っ掛けて倒してしまい動揺しそのまま逃げてしまった以外にまだ何も成果は得られないでいた
「くそ、何で俺ばっかりこんな目に遭うんだ畜生」
しかし今日はことの他良い客に巡り会えたような気がする
あの酒場に新しい人間が来たのは久しぶりである
もし人魚姫の伝承につられてやってきたのであればうまくいけばこちらの味方についてくれるかもしれない
「これからどうにでもなるさ、俺に出来ない事は何もないのだから」
獲物に向かって、走り出す

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儀式が失敗に終わってから
しばらくは酒場にすら足を運ぶことも無くただ祠の近くに座って海を眺めてる時間の方が長くなっていた
自分はどうなってしまうのか
海の寄せては返す波が元の波でないことだけは確かなのである
その水がどこから来たのか、どこからどこまでが波なのか、返す波は打ち付ける水の大きさと全く同じなのか、そうではないのか
海は揺れる、波間に漂う切り落とされた藻は其の行方を知らせる事はないのだった
今居る自分が儀式が失敗に終わった後どうなってしまったのか
どうなってしまうのか
前例のないことである
誰も教えてくれる人はいない
あの日出会った少女は
人のような形をしてはいるものの、確かに人では無かった
言葉が通じるかどうかすら分からない
ただ青白くにぶく光るその姿は確かに実在したのである
これは彼岸と此岸の隔たりの掟を破ってしまったことへの罰なのだろうか
あの少女は神殿に居た巫女と何か関係があったのだろうかといくら考えを巡らせても検討もつかないのであった
酒場ではいつものように酒宴に加わっていたものの気もそぞろで酒の味すら思い出せないでいた
今日は珍しく客がやってきたので店主もあの男も意気揚々と応対していたのだった
あいつは何でも手荒に事を進めようとするからいけすかないと思いはするものの
店主ともう一人の男が気がかりで酒場へ足が遠のくどころか
都合をつけてはほぼ毎日通い詰めるほどであった
儀式の事を知られないようにするためには側にいるのが一番だと考えたのである
前に人魚姫を見た、と言われた時には肝を冷やしたが
どうやら話をよく聞いてみると彼の祖父から聞いた話であり、
またもう一人の男の話はどこか話がちぐはぐで要領を得ない話であったのでそのままにしておいたのであった
本当の伝承自体が外部に漏れさえしなければそれで良いと
その時は思ってしまっていたのであった
「一体どうなってしまうのだろう」
何回呟いたか分からない台詞をまた吐き出して

と、どうやら祠付近の崖から人の話し声が聞こえる
話してる調子からただならぬ雰囲気を感じる
一体何が起こっているのだろう
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「おい、お前」
どこかで聞いたことのある声だった
だけどそいつは確か海の事故で死んだ筈の男の声だった