多感作用と誰が為の共感

萊草唳の創作雑記

ほしのにんぎょひめ Mädchenlied

ほんとうのさいわいを求めて、

ぼくは久しぶりに図書館を訪れていたのだった

誰もその区画に踏みいる人はいなかったのか

俄かに色褪せた本が一つとして欠けることなく棚におさまっていたのだったが

この街の伝承を記したとされる、本も、ぜんぶ 無くなっていたのだった。

あの時は気付かなかった不自然さを今はありありと感じる事が出来る

ぼくは深呼吸をひとつして、

棚に収まっていたその本を手に取った。

その本のページの隙間から

はらりと一枚の紙が落ちてきたのだった。

 

ああ、そうだ

かつてのぼくは読書に夢中になっていて、

そして、祖父のしてくれた人魚姫の話に夢中になって

図書館にある本を片っ端から読むのが習慣になっていたあの頃は、違う事がぼくを苦しめていたのだった

 

 

 

「…女の子に生まれてきたなら良かったのにね」

母は、思い出したようにぼくの方を見てはそんな事を言っていたのだった。

マグカップを手にし、滔々と語る母は時々どこか遠くを見ているような目つきで外を眺めている

 

…まるでぼくが必要ないみたいに

 

そんな不安が澱のように溜まっていって

いつしか家に帰る事を拒絶している自分が、いた

 

ここではない、どこかへ。

 

自分を必要としてくれる誰かを求めて

けれどもぼくは、この通り臆病で、…それは今も変わらないのだけど

 

どこか遠くへ飛びだしていく決心もつかないまま、ただ図書館にぎりぎりまで居座り続けるのが日課となっていたのだった。

 

ああ、そしてそんな時にあの、店主と会ったのだった。

宮沢賢治の本を手にとって読もうとした、あの時に

 

「…ほんとうのさいわい、か」

「星が、…好きだから 何かそういう本がないかなと思って…」

ぼくはあの時ただ俯いてそう呟く事しか出来なかったのだった

「…いや。いい本を選んだと思うよ。…もしかして、中学生?」

「あ…はい…一応そうなんですけど…」

「まあ、こんな時間は学校だよね。普通は」

「…はい」

「いいんじゃない?少なくとも誰かに迷惑かけてる訳ではないだろ?」

…たったその一言でぼくは救われたような気分になってしまったのだった

それからぼくは、足繁くかれの経営する喫茶店とバーを兼ねたあの店に行くようになって

そこで彼らと出会う事になったのだった。

 

そして店主の残したこのメモが告げた場所はぼくにも心当たりがある場所で、

 

「…母さんは、ぼくよりも前に店主に会っていたんだね」

 

ぼくの中でひとつの謎が氷解したのだった