多感作用と誰が為の共感

萊草唳の創作雑記

ほしのにんぎょひめ 泡となった少女

何事にも犠牲が必要なのだと皆は云う

祭事の取り決まりにより

巫女となってこの身を神に捧げよ、それで丸く納まるのだと

皆は云う

この役目は光栄な事だと、

素晴らしい事だと羨望な眼差しを向ける人がいる一方で

毎日この神殿を訪れる人の中には

己が娘にその役目が来なかった事を安堵しているかのような人も確かに見受けられるのだ

綺麗に飾り立てられたまま椅子に座り刻一刻とその時が来るのを待っている

私ぐらいの娘達は嫁入りの為に誂えられた衣装を矯めつ眇めつしているのを尻目に私だけがその場から動く事を許されなくて、

ただそこに居る事を命じられている 

荒事に女は不要だと云うが西国より伝え聞いた伝承には必ず女が発端となった戦があるのだ

投げ込まれた黄金の林檎は知恵の実ではなかったのだ

人災は天災よりも実に些細な事で厄介な荒事を引き起こす

この手元にある人魚の涙というものもそんな代物である

願いを叶えるのでも

万物に勝る宝物でも

不死を齎すのでもないこの代物は

ただそこにある事が重要であるのだという

己が未来をただ照らし、屈折させる物なのだと

其れが示すのは可能性であり、真偽のほどは定かでないと

境界線に存在するのは臨界点であり、帯のように存在するのだと

付帯するのであってそれは相対的にしか計れないものであると

謂うのだった

私には分からないのだ

犠牲が犠牲として容認されうるのは

それは当人が自分に言い聞かせるように

ある種の諦念を帯びてこそ真価を発揮するのであって

犠牲を強いる側が用いてはいけないことなのではないのだろうか

それでも神事は終わらない

それが昔から決められた決まりだと云うのだから

諦めよと皆はいうのだ

与えられた恩寵を羨む人もいる

分からないのだ

その犠牲の重みが

 

 

やがて大きな地震が起きて神事の一切が行われた神殿は海の底に沈み

人魚の涙は消失することとなった

代わりに傍らにあった祠の入り口に松明の火が絶えず灯される事により

その少女の菩提の弔いとし、それは今日まで続く儀式となっているが

以後 神事は全て男性のみで行われる事となった

そして夜、女に身を窶した男が祠の前で踊りを饗すのが習わしとされた