コエラカントゥスは眠ったまま、やがて宇宙の夢をみる

コエラカントゥスは喋らない

外の世界の事を誰よりも知っているのに

コエラカントゥスはいつも物憂げである

しろくにごったその眼からは表情を読み取ることも難しい

ただ、困った事があると皆は決まってコエラカントゥスの所へ行って

教えを請いにいくのが習わしになっていた

私が生まれる前からずっと、そうだったのだという

だから私もコエラカントゥスの住処へ行く事にしたのだった

そこにはカンブリア紀の生き残りが細々と暮らしていて

ハルキゲニアはそろりそろりと

歩く度にふわふわと浮かび立つ死骸のプランクトンを捕まえては、止まり

また歩いてはプランクトンを捕まえているのだった

ピカイアが撫でるように海底を泳ぐのでふわふわ浮いた綿帽子のようなプランクトンの死骸をすかさずディノミクスクが花弁状のひだを開いてプランクトンを取ろうとする一方で

とげとげのピラニアがどこかお気に召さないアイシュアイアは他の獲物がないかとせわしなく動いていたがニスシアはじっと身をひそめてこの困った来訪者がはやく他の獲物に移動してくれる事を願っているようだった

 

どうやらコエラカントゥスはあそこの岩場にいるようだ

そこまでいくと、さっきまで顔を出していたオットイアが一斉に穴に隠れたのだった

「…このお客さんは君たちをいじめたりはしないよ

 暴れん坊のアノマロカリスはもういないんだから、君たちもいい加減慣れたらどうだね」

オットイア達がそろそろと這い出してきた。

「ここに来たという事は、君は何か知りたい事があるんだね。

 言ってごらん」

「外の世界の事を教えてほしいのです、…特に人間についての話を」

「やれやれ、君もか。」

「それでも教えてほしいのです」

「最初に言っておくけど、もし人間に会ったとしてもけっして言葉を交わしてはいけないよ」

「…何故ですか?」

「あのこみたいな子を…もう二度と増やしたくないのでね」

「それはあの有名な人魚姫のことですか」

「…そうだね」

「私は、何故人魚姫はあんな事をしてまで人間に近づこうをしたのか、それが知りたかったのです」

「…なんとも難しい問題だね。だってその子はもういないんだから

 僕達は残った話からあれこれ考えるしか術はないんだ。

 しかもそれが当たっている保障などどこにもない。…そう思わないかね?」

「ではあなたはどう思うのですか?」

「…僕は人間に会った事がある。…会った事があるというか。

 まあだいたい合ってるか。

 ここにいるほとんどは僕よりも前にいるんだよ。

 でも僕が…例えばアノマロカリスはどうだったかと聞けば」

「……」

「ほら、この通り」

のそのそと動きながら背中のとげをゆらゆらゆらしていたウィワクシアでさえ

今まで見せた事のないような俊敏な動きを見せて岩場の影で縮こまっていたのだった

他の生物も同様に縮こまっているもの

触手をひっこめたもの 身体から棘を突きだして硬直したもの

ただサンクタカリスだけは変わらず海底を我がもの顔してゆっくりを歩を進めているのだった

重そうな甲羅を背負ってのそのそと、どこか誇らしげですらあったのだった

 

「まあ…よっぽど恐ろしいものだったってことぐらいかな。分かるのは」

「あなたにとって人間とは恐ろしいものですか?」

「…それは分からない。分からないけど

 一つだけ言える事がある

人間はあの子を泡にしてしまうくらい、魅力的だったってことかな」

「私はそれがとても恐ろしいのです。

 …私は止める事が出来なかったから」

「…そうか、君はあの子と知り合いだったんだね」

「…姉でしたから」

「そうか、辛かったね」

「私はまだ小さかったから上のお姉さま達と…お姉さまが喋っているのをただ見ていただけでした。今ではその話をすることも禁じられているのです」

「…仕方ないよ。いや、無理もない

 あんなこと言うのも選ばせるのも、残酷で

 誰も報われやしない…忘れるので精一杯だったろう」

「だからこそ私はこの目で確かめてみたいのです

 …同じではないかもしれないけど、人間を」

「…そこまでの覚悟があるのなら。言う事は何もないね。

 ただ一つだけ守って欲しいのは…」

「けして言葉を交わしてはいけない」

「そう、ただそれだけ」

 

たとえ言われずとも人間と喋る事はなかっただろう

もし喋ってしまえば、失ったものが現実性を帯びて 

心を震わせ、悲しみが洪水となって溢れ出てくるのだ

それでも確かめたい事があるのだ

だから

ゆっくりと上昇して、水面へ

ごぼごぼと溢れる気泡がぶつかって、はじけ飛んで

またぶつかって

 

ただそれだけを頼りに水面へ