ほしのにんぎょひめ Vorschneller Schwur

「ひとつ、聞きたい事があるんだ。…いいかな」

「…何?」

「君はこの街に心底うんざりしているようだけど」

「…そうね」

「ここから出る気はないみたいだね、どうして?」

「わたしには、やらなきゃいけない事があって

 それはここでしか出来ないことなの

 …古くからのしきたりだから」

そう零す彼女の顔に迷いはない、

「参った、」

「…え?」

「君はいつまでここにいるの?と聞く事はあっても、

どんな旅の話をしたところで、行ってみたいと言った事は一度も無くて

時折ふいに悲しそうな顔をする」

耐えきれずに思わず後ろを向いた

これ以上、顔を見ていると言いたくない事まで、思わず口走ってしまいそうだ

と、同時に得体のしれない怒りがふつふつと腹の奥底から湧きあがってくるのだった

ぎゅっと拳を握りしめ、静かに、息を吐く

「………」

彼女は喋らない

…限界だった

燻った蝋燭の融けた塊がへやの四隅に見える

「あと、最近何人かまとまった人達であたりをうろついているみたいなんだけど

 …ここに俺が来た事となにか、関係してるのかな」

「……知らない」

「教えて、本当のことを」

信じたいんだ、君を

そうしたら、やっと一歩踏み出せるような気がするんだ

「…知らないのよ、本当に

 私が行く事が許されてるのは、ここと、あとあの海岸を除けばごくわずかだから」

「…まるで囚われたみたいに、…因習にも、親にもか」

その全ては見ないふりをして他でもない自分が逃げ続けてきたものだった。

そしてさらに彼女は枷まで負っているのだ。

敵いっこなんてないのだ…あの時始めて会ったときからそう思っていたのだった。

「そんな事言わないでよ。…まだここに居てもいいのに」

「いや、御蔭で決心がついたよ。」

臆病な自尊心が、今までの自分の全てだった

「え、」

再び振り返って彼女の方を見て、今度は迷いなく、はっきりと

「君は酒場がきらいだと、そして酒がきらいだと」

「…言ったけど、それが?」

「だったら、見せてあげるよ、ここで、選りすぐりのを」

…きっかけは他でもない君なのだけれども

そう言ってしまえばなんだか恥ずかしいような気がして

口に出せないままだった

「君は、あと酒場で何が起こってるのか、知りたいとも言っていたね」

「寂れた理由は、…なんとなく見当がついているの

 …でも、それ以上に最近おかしいの、街が」

「酒場なら、何かわかると?」

「…そうね」

「ただの町おこしなら、今までなんどか行われてきたし

 …それは父のやってきたことだわ」

「なるほど、君がここに居続ける理由が分かって来た気がするよ

 …もしかして、兄弟もいないんだろ?」

「…当たり」

「…全ては失敗に終わって、今は父の話に耳を傾ける人もいないわ

 家に籠りっきりで、曲を聞いてるの

 前までは母がやっていたのだけど、

…病気で亡くなってからは私がレコードを、父のリクエスト通りに流すのが日課ね

私が居ようがいまいが、変わらないのよ。

きっとどこへ行こうと同じね。…だからかもしれない」

「君はここで生き続ける、と?」

「そう、…そう、ね」

「居ようがいまいがは言いすぎだよ

 …そうじゃなかったら毎日リクエストなんかしないだろ」

「………」

「…ね?」

「そうなのかもね、…ありがと」

「どういたしまして」

やっと彼女が笑ってくれた

「何があっても店は続けるよ」

「…そう

「決めた事だから」

 

籠の扉を開けたとて

きっと素知らぬふりをして、

また元の通りに

ならば鳥籠にならずとも

居心地のよい止まり木になれば、

そして「場」を作れたならば

またこのように彼女は笑ってくれるのだろう、と

そう信じて

この先何があろうとも、ここで出来る限り選りすぐりのものを

 

君の前に跪いて手を差し伸べたとしても振り払うのは分かっているのだから

 

 

 

…日記にかかれていたのが、かれの全てだった

 

「…だからってここまでする必要なんて、ないじゃないか」

 

ぼくは、そう呟くことしか出来なかった。