ぼくは再び酒場の扉を開く、結果はどうであっても確かめなければいけない事があるから
「そろそろ来る頃だと思っていたよ…
店は変わってしまったけど、品揃えだけはあの時のままを目指そうとしたが、そうもいかなかったらしい
…やはりあの人には敵わないな。」
悲しげな顔して語るその人は、過ぎた年月の割には少し窶れた風貌であった
ただ、目つきだけはあの日のままで、それが僕に僅かばかりの安心感を揺り戻したのであった。
「教えて欲しいんだ、あの日あった事を、ぼくはただショックで全てを置き去りにしてしまったから。
…覚えてるのはアブサンのあの味くらいだ
あの時ぼくは何を飲まされたのか知るのにも結構な時間がかかったよ
…酒には全く興味が無かったから」
「…本当は忘れたままでいておいて欲しかったんだが、どうやらそうもいかなかったようだな
これは俺の責任であって、お前は部外者だから
…羨ましかったよ、人魚姫の姿を見たって
伝承ごと、人魚姫の存在ごと純粋に信じてるって顔しながら話に夢中になってたお前の事が」
「え…?」
「あいつは確かに人魚姫を見たとは言っていたが、お前を利用するのに話を合わせていただけであって
お前が居ない時にはいつも馬鹿にしていたよ」
思いもよらない返答に身を硬くする
ぼくが忘れてしまっていたものは
一体なんだったのだろう?
「どうやらそこら辺は覚えて居なかったらしいな…
まあ良い、人魚姫の伝承はもう街では無かった事にされ始めてるし、
そろそろ話すべき時が来たのかもしれないな…」