「さて、アンデルセンの人魚姫は、本来は人と会う事のない人魚姫が難破船で漂流した王子を助けた事によってある種悲劇的な最後を迎える話なわけだが ここの伝承にある人魚姫は少し違うんだ」
「最後は思いを遂げることのできなかった人魚姫が海に身を投じて泡となり、空気の精になったという話ですね」
「よく知ってるな、」
「街に寄ったら図書館と…出来れば酒場に行くのがぼくの決めたことだ。」
するとさっきまでグラスに目をやっていた男がぼくの方を見て、
「なるほど、今回は酒場の方に来たのがさきってことかな」
「…というと?」
「人魚姫の伝承は有名で、結構本がこの街の図書館に所蔵されてるもんだから、ひっきりなしに面倒な客がくるんだよ、ここに。」
「だから、人魚姫は本当にいるんだって…」
「俺はこの酒場にやってくる奴を観察するのも好きだが、それが終われば興味ないんでね。お前の言うことにもな。あいつ今寝てるし、この機会に言っておくよ。」
「…まあわからないでもないけど ってとにかく、人魚姫はおれ、この目で見たんだからそこは譲れないよ」
「あーはいはい、わかった」
店主はそんな二人のやりとりを眺めているだけで何もしようとしないのであった。
なんだかんだ同じテーブルに座っているのをみると時々いびきまでかきはじめた男を含む三人の仲は良いらしい、幼馴染なのだろうか。
大分話の腰が折れてしまったので再び店主の方に顔を向けることにした。
「伝承はとても古くからあるもので、ここからすぐ海岸沿いに歩いたところに洞窟があるんだが、そこに松明の火を灯して待っていると運が良ければ人魚姫に出逢えるらしい 松明の灯りは人魚姫の世界には当然ないわけで、物珍しさにつられて出てくるんだろうというのがもっぱらの説だが、まあここら辺の話はこれから腐るほど聞くだろうな」