多感作用と誰が為の共感

萊草唳の創作雑記

硝子のようでいて、それでも

祖父が亡くなった時の話をしよう

 

台風の最中式は執り行われた

ごうごうとうねる風の音が

死者を送る聖歌とおりなって

心の底に沈みゆく

かつての祖父の面影はなく

うわ言のように

呼気だけを荒くして

艱難なく生を終えた祖父

これが生きるという事ならば

生きるという事は

 

骸となりし祖父だ

もちろん問いは返って来ない

あたりを漂う死の匂いに眼を背け見ないふりをする

聞こえないふりをする

風の音に紛れてしまえばいい

見ないふりをする、俯いて、見えないように

 

かつての祖父は

いつも傍らには聖書を抱いていて、

まるで時計の様に矯めつ眇めつ眺めているのだった

敬虔な、と言ってしまえばそうなのかもしれない

だが私の眼には寧ろ

見なくてはならない現実から目を逸らす為の

言うなれば咎人が一度の恩が繋いだ縁に拠って

釈迦が垂らした蜘蛛の糸をそっと手の内に抱え込んでいるように映っていたのであった

書斎に籠り

しゃがれたラジオからの異国の声音でとりとめのない話を続けているのを頼りとし

辞書と原稿を行ったり来たりしながら

行間にびっしりと文字を書き込んでいたのだった

絵本を読んでとせがめば快く応じてくれた

まさに勤勉を絵に描いたような祖父が

あのような姿になってしまった

 

何故人は老いるのか

何故人は死ぬのか

そんな問いを投げかけては虚空におちる

疑問は澱となってむかむかするような不快感ばかりが込み上げてくる

ああ、これは祖父に対する憧憬のなれの果てなのだ

あまりにも偉大すぎたのだ

あまりにも目標であり過ぎたのだ

 

 

嵐の中に

 

それでも翅を動かす蝶の姿があった

瑠璃蜆

捕まえようと幾度も幾度も

手を伸ばしそっと握りこむような所作を繰り返す

やっとの思いで手の内に入ったは良いものの

翅の形が著しく損なわれてしまった

手から放てばよろよろと

風に煽られていた時よりも心なしかより頼りなげに

蝶が再び飛び立つ事はないだろう

かつての祖父の姿と重なる

見ないふりをする、目を逸らして

風の中に揉み消されるその姿を、やがて地面に降り立ち果てるであろう姿を

見ないように

考えないように

 

ああ、また過ちを犯してしまった

 

かくも人の性というものは鋭利に過ぎる

辺りに傷を振り撒いている事に気付かないのだ

黙して

じっと眺めて

それでも

言葉を発するのを躊躇う

臆病である事は罪なのだろうか

臆病な自尊心はやがて虚を突いて己の背後から襲いかかってくる

見ないふりをしていたのに

囚われる

澱が、喉から出かかる

また人を傷つけてしまうのだろうか

嫌われる事を厭うのかそれとも人が傷つく事を厭うのか

良く吟味しなければならない

時に言葉も鋭利すぎる

安寧を求めて呟く言葉が時に人を傷つける

お前は無知だと

無知は罪だ

罪なのだ

然るべき知識を

然るべき所へ

透かし見える知識を確かな目で捉えよ
そう、自分に言い聞かせて